masahiro matsunaga 松永昌博

騎手としてはナイスネイチャ、時折南井。後はトーヨーリファール。調教師としてはウインバリアシオン。

タイキブリザード

現役時代といえば勝ち味に遅い。首を下げる独特の走法が影響してか、重賞でもG1でも良い勝負はするものの勝てない日々は続き、晩年での安田記念でのジェニュインらを抑えた勝利は藤沢和雄も安堵したと思われる。又、日本のホースマンが海外競馬に疎い時代にBCに果敢にも挑戦した。

プリサイスマシーン

川崎競馬でデビュー後に中央へ転厩。条件戦で好走を続けOPへ昇格。芝ダート重賞でも勝ち鞍を上げる。その過程からは、一時オグリキャップをも彷彿とさせた。

ブリリアントロード

旧4歳時や、13人気2着で波乱の中京記念などローカルでの活躍が特に顕著であるが、京都大賞典では強豪犇めく中で4着に健闘。地方ダートでも笠松のミツアキサイレンスらと走り良績を収めた。主戦は山田騎手。

ベストタイアップ

中山金杯で重賞制覇。日経賞4着で上がり馬として春の天皇賞に駒を進めるも13着と良いところなく。最晩年に2度目の中山金杯、東京新聞杯と重賞を連勝して引退。カジノフォンテンの母父。

royal touch ロイヤルタッチ

ウイニングチケットの半弟として期待され、伊藤雄二厩舎でデビュー。クラシックでは人気を背負うも無冠に終わる。又、翌年の春の天皇賞で人気を背負うも競走中止の憂き目に遭う。サンデーサイレンス初期の個性派として知られた。産駒に母父にミヤガワマンナのアサヒライジング。

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